ロスト・イン・トランスレーションに見る、ダメな通訳

いささか旧作なのですが、以前、ロスト・イン・トランスレーション、という映画がありました。そこで、主人公のボブ・ハリスがCMに出演するときに、監督が通訳を介してボブ・ハリスとコミュニケーションを取るシーンがあります。(以下のビデオ、準公式のものですが、地域制限で見られないかも。その場合は、「Lost in Translation Suntory Time」みたいな検索語で検索してみてください。)

もちろんこれはコメディですので、かなり極端な作り込みをしているかと思いますが、面白く感じたので、この通訳がなぜダメかを書いていきたいと思います。

以下、そのシーンを文字に起こしてみたものです。(英文部分は原文のニュアンスを正確に捉えるため、直訳寄りにしてあります。)

監督:そして、テーブルの上にはサントリーウイスキーがあります。わかりますね? 感情を込めて、ゆっくりと、カメラを見て
優しく、そして、あなたの古い友だちに会うように、言ってください。カサブランカのボギーのように、君の瞳に乾杯。サントリータイム

通訳:Uh, he wants you to turn, look in camera. OK? (彼は振り返ってカメラを見てほしいと言っています。よろしいですか?)

ボブ:That’s all he said? (それが、彼が言った全部のこと?)

通訳:Yes. Turn to camera. (はい、カメラを見てください。)

ボブ:Alright, does he want me to… to turn from the right, or turn from the left? (了解です。私が右から振り向く、それとも、左から振り向く、どちらが彼の希望ですか?)

通訳:あ、彼の方はもう準備ができてます。それで、あの、スタートがかかったときに、あの、カメラの方に振り向くときに、
左から振り向けばいいのか、右から振り向けばいいのか、そのへんのところはいかがなさいましょうかということなんですけども……。

監督:どっちだっていいんだよ、もぅ、関係ないんだからそんなもの、時間がないんだよ、ボブさん。ね、だから、もう早く、あなた、テンション上げて、カメラ見て、カメラ目線で、ゆっくりと、ね、パッションと、カメラ目にはパッションだよ。わかった?

通訳:Right side, and with intensity, OK? (右から、強めに。)

ボブ:Is that everything? It seems like he said quite a bit more than that. (それで全部ですか? 彼はもっといろいろ言っているような気がするのですが。)

監督:あなたの、あなたの言ってることはウイスキーのことだけじゃないんだから、わかる? 古い友だちに会うように。優しく、ジェントリーにね。そして心から湧き上がってくる、テンション。これ忘れちゃだめだよ。

通訳:Like old friend, and into the camera. (古い友だちのように、カメラを見て。)

ボブ(当惑しながらも):Okay.

監督:わかった? あなたはウイスキーを愛してます。イッツサントリータイム。OK?

ボブ:Okay.

監督:OK?

~撮影~

監督:カット、カットカットカットカット! ほんとあんたわかってるの、とぼけちゃって? これ、サントリーの響だよ。高いんだから、サントリーの中で一番。もう、もっと高級な気持ちで。ね。日常的なお酒じゃないんだよ。

通訳:Could you do it a… (これをもっと)

監督:最高の気持ちで……。

通訳:More… intensity! (強めに……。)

監督:サントリータイム

ダメ出ししてみる

ダメな部分その1:まともに訳せてない

通訳で要約通訳を頼まれるシーンというのはないことはないのですが、恐らくこのような場合ではないかと思います。(そもそもかなり特殊な例で、会話の感じを掴んでおきたい、というような場合に非公式な形で頼まれることがほとんど。)

実際に要約通訳だとしても、これはさすがに端折りすぎです。

ですので、この場合、監督が言っていることは全て訳して伝える必要があります。はい、監督がボブに向かって「ほんとあんたわかってるの、とぼけちゃって?」と言っているのも、これも伝える必要があります。通訳の仕事は話者間のコミュニケーションを伝えることであって、干渉することではないのです。

ダメな部分その2:まともに打ち合わせできてない

多分、この場合、監督と通訳の間でほとんどまともな打ち合わせができていないのではないかと予想できます。基本的には事前に趣旨で、どのような内容なのか、またこのような場合はどういう要望をするのかを事前に通訳者と話し合う必要があります。特にこのような人物のように、抽象的な物言いをする場合、事前の打ち合わせはかなり綿密に行う必要があるでしょう。事前に打ち合わせがあれば、「More intensity」と端折る以上の通訳ができたと思います。

ダメな部分その3:一人称で話してない

例えば「He wants you to turn…」というような部分。通訳は一人称で話します。ですので、この場合、監督の発言は一人称で「I want you to……」というように伝えます。

ダメな部分その4:言っていないことを伝えている

「カメラの方に振り向くときに、左から振り向けばいいのか、右から振り向けばいいのか、そのへんのところはいかがなさいましょうかということなんですけども……。」の部分、これは実はこの全体の通訳の中で唯一まともな部分です。ちゃんとボブの発言を汲み取って伝えています。(一人称になっていないのは別として。)

まずいのはその前の部分。

「あ、彼の方はもう準備ができてます。」

ボブはそんな発言をしていません。ボブが「Yes, I’m ready」と言ったのであれば「私は準備はできています」と言っていいですが、そんなことも言っていないので、言っていないことを勝手に付け加える、通訳として一番まずい行為の一つです。

最後に

前述したように、これはコメディなのでかなり極端な例であるかと思います。ただ、注意しないといけないことは、この監督のように曖昧な形で発言すると、通訳後の結果も曖昧になります。ですので、通訳を通す場合は、抽象的な発言ではなくて、より明確に言う必要があります。

尚、乱暴な発言をすると優秀な通訳ほど、その乱暴な発言が伝わってしまうことになります。ですので、発言には気をつけるようにしましょう。

作成者: Hideki Saito

ゲーム業界に15年ほど携わり、現在は米国任天堂においてローカライゼーションエンジニアと翻訳技術の開発・保守などに携わる。